前回の白根山(第11回)で金精峠まで進んだのでこれから後半部になる。 後半部をスタートする前に場所がよく分からない寒沢宿と大多和宿を確認しに出かけて。 最初に寒沢宿を探そうと歩き始めたのだが寒沢宿付近には幾つもの道跡らしきものがあり苦労した。 さほど危険な場所はないと思うのだが樹林帯の中で眺望が無く自分の位置がよく掴めず通り過ぎてしまって引き返してやっと見つけた。 (^^;)
前夜は戦場ヶ原の三本松駐車場に車中泊した。 夜はかなり雨が降っていて賑やかだった。
今日の山ズボン・・・だいぶあちこち縫い目が増えてきた。 藪に入ると破れるのだよね~
今日は、梵字半場跡の駐車場からスタート。
ここから車の乗り入れ禁止なので車道を余裕でトコトコ!
トコトコ!
朝日が昇ってきた。 光芒が綺麗だ。
巴橋を通過。
ここもいい感じ。 夕べ雨が降ったせいかな~
太郎山がよく見える。 いい天気になってきた。
ゆどのざわばしをトコトコ!
右は志津乗越へ行く道、 左は太郎山へ。 左に向かう。
道標はこんな様子。
道路端を見ると ・・・ これが火山岩なのだろう。
民有林林道 太郎線終点。 と言うことはここからは、国有林か。
日光マーク発見。
林道を離れて太郎山への登山道を歩く。
男体山は山全体がが土砂流出防備 保安林という事になるみたい。
進みます。 トコトコ ・・・・ と歩いていたら行き過ぎてしまい、戻った。 (^^;)
どうやら此所が入口らしい。
この辺りは分かりやすい一本道。
ワイヤーがあった。 伐採時に使ったのだろう。
境界標。
わりとはっきりとした赤ペンキに沿って進みます。 でもずっとこんなにある訳ではないのです。 あはは!
涸れた沢に降ります。
左上に赤テープ。
苔が綺麗だったのでパチリ。 ちょっと触ったら ・・・ふかふか ♪ だった。 (^^)
苔の先を見たらこんな森が広がっていた。
このワイヤーも昔の伐採に使っていたのでしょう。
ちょっと広い場所があった。
涸れた沢。
伐採のあとだが、何となく惹かれる。
こちらも同様。 ・・・ この辺りでどうも行き過ぎたのではないかとGPSをチェックしたらやはり東に進みすぎていたので引き返す。
やっと見つけた。 ここだ!!
石祠と碑伝。 多気山修験と書かれている。 多気山(タゲサン)不動尊のホームページはこちら ↓
初詣・厄除けは多気山不動尊|御護摩祈祷・火渡り祭・御朱印・万灯会 (tagesan.com)
不動明王様をアップで。 剱と縄は失われたいた。
火焔がとても迫力ある。
後ろからもパチリ。
読めません。 (^_^;)
「奉寄進 享保十四巳酉天八月吉辰日 願善坊雄契 正円坊浅栄 妙月坊観禅 常観坊義練 櫻正坊貞栄 高村十兵衛 作者平六」と記されているらしいです。
護摩壇がはっきりと残っている。
護摩札を焚いた跡らしきものが残っていた。
不動明王様の横顔。 じっと眺めます。 迫力あります。
最後にもう一枚。 深閑とした樹海の中にある神聖な地、 また訪ねてみたい。
行きにも通ったのだが気になったのでうろうろしてみた。
たぶん、伐採時の中継点、飯場となっていたのだろう。
太郎山への登山道まで上から降りてきた。
太郎山登山道入口。
林道左手に小さな小屋があった。
林道作業用の物置小屋かな。
志津乗越への合流点。
予想に反してよく晴れた。 男体山も見えている。
舗装された良い道路だが地味に退屈。
志津乗越に到着。 ホッと (^^)
本工事は、週休2日!! 今日はお休みだった♪
右手に行くと富士見峠に行くらしい。
登ると大真名子山へ。
男体山方向へ歩いてみる。
鳥居があった。
これが志津小屋なんだ。 立派な作りだ!!
二荒山神社志津宮。 「志津は、海抜1785mの地であり男体山五合目と同じ高さに位置し、ここから男体山、太郎山、大真名子山への登山が最も容易である。 また日光連山の中心地であるため昔から日光修験道の峯修行の重要な拠点されたところでもあります。」 なるほど! そうだったんだ~
すぐ近くに石仏群があります。
2体の大日如来、そして不動明王
小さな杜舎を開けてみた。 これは何だろう? 「御婆」と書いてある。 こちらの資料を見つけました。↓
要約するとどうやら 「行恵上人が1624年に出羽三山を勧請したという事で、三山に相当するのが男体山、女峰山、そして太郎山らしい。 志津は出羽三山の姥沢にある地名であり、近くには湯殿沢もある。 また行恵上人の石像は大多和宿の宿にありその背面には湯殿開山上人という文字が彫られている。」
石仏904男体山(栃木)姥神 – 偏平足 (goo.ne.jp)
アップで。
左は眼鏡だろうか。 目の病気が治りますように。 (^^)
志津小屋に戻ってきた。 「行屋」となっている!!
小屋の中はとても綺麗に維持されている。 ノートにも書いてあるが残念なのは水場がないという事。 ここまで水を背負って来なければならない。
次は、大多和宿探し。 このカーブから入るようだ。
取り敢えず下る。
涸沢に降り立つと左岸に道がある。
巣箱を置いたのかな。
最初は気づかなかったがこれは護摩壇だった。
石像群があります。
不動明王 二体、そして右端 これは行恵上人の石仏で背に「湯殿開山上人」と文字が彫られているそうです。 行恵が出羽三山を勧請したという記述が日光山修験道史(寛永元年 1624年)にある由。⇒ 次回確認しに行こう!! こちらも参考になった。
2009年10月19日のブログ記事一覧-偏平足 (goo.ne.jp)
多気山修験の碑伝がここにもあった。
先ほどの護摩壇の上にあった燃えた炭。
宿の西側に沢があったがこちらも涸れていた。 昔は水が流れていたのだろうか。
駐車場へ戻る途中にあった、 何だろう?
カシノナガキクイムシ? 初めて聞く名前だ。
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所/自然探訪2015年7月 カシノナガキクイムシってどんな虫? (affrc.go.jp)
道路の右側 - 北側は宇都宮大学農学部付属演習林。 ↓
宇都宮大学農学部附属演習林 日光演習林 (utsunomiya-u.ac.jp)
無事に駐車場へ戻ってきた。 車が増えている!!
勉強になった。
また来よう!!