出流山満願寺から日光へも今回が最終回となりました!! やったあ~  最終回は中禅寺湖から日光本宮まで歩きました

■ 前回までの記事はこちらです ↓

(11)出流山満願寺から日光へ 2021.05.16 細尾峠から中禅寺湖へ | 空と星と山と (acchidayo.com)

今回歩いたルートはこんな感じです

 

車を日光市内の駐車場に置いて神橋からバスに乗って中禅寺湖まで行きます  バス停前にあったお店「竹内物産店」は何やら歴史的な建築らしい バスを待つまで何やら楽しみました

二荒山神社中宮寺で下車 ここから歩き始めます  歩き始めると左手に何やら曰くありげな石 この地は「牛馬結界」の地でそれを犯したものはこうやって石になってしまう という事で石になった牛です

そしてしばらく歩くと また石が出て来ます これは 女人結界を破ってこの地で石になった巫女石 なんともはや 女人・牛馬結界の恐ろしいことや とアピールしたんでしょう

中禅寺温泉を後にして トコトコ歩くと 右手に古い道標があります  「左 華厳瀧壺 白雲龍 涅槃瀧 道」と書いてあるそうです うーん 読めませんでした (^^;)・・・

さらに トコトコ 右手に小山があります この頂上に昔見晴らし茶屋があったそうです 何となく道もあるので辿っていくと広場にでます 周りは木で覆われており残念ながら眺望は ・・・ (>_<)  奥に木を寄せ集めた意味不明な住居が!! 誰が住んでいるんでしょうか?

いろは坂を下って行くと 「不動坂」と書かれて表示板  ここに不動明王像が納められています 傍らにはいろは坂の守護 白鳥神社が書かれた板が一枚  いろは坂は元々は「中禅寺道」と呼ばれていたのでそこに不動明王を納めた「不動坂」という場所があったという方が分かりやすいですね。

しばし トコトコ歩くと 北東の方向に滝が見えます そして北の方向に男体山も いよいよ近づいて来ました この22の標識を過ぎて右手下を見ると古道が見えてきます

そんな訳でこのポイント22の標識から下におります  最初の方がちょっと悪いのですが無事クリアーすると石塁そして眼前に見事な古道が見えてきます  これはかなりの感動!!  おおおおおお・・・・・・ という思わず叫びます !(^^)! まあ~ こんな所を歩いている人は一人もいないので大丈夫

ぐんぐん進みます  突然  古道の真ん中に現れる一本の電柱  いったい何時立てたのでしょうか

途中で排水溝がありますが ・・・ これもなかなかの風格 ・・・ まだ真っ直ぐ伸びているので進むと車道が現れます ここは致し方なく車道に降りてそのまま中ノ茶屋に向かいます

おお~ これが中ノ茶屋か!!  車だと左手に見えるのですがここで駐める訳にも行かないのでいつも素通りしている場所ですね ここで明治天皇が野点をされたという記念碑が建てられていました 馬坂で見つけた案内にこちらの塔の台座が磁石岩だと書いてありました

古道はやがて歩行しがたく車道歩きに変更  トコトコ歩くと剣ヶ峰に到着 昔 ここに茶屋があったそうです 石碑があり「右 般若滝 左方等滝」と書いてあります 写真の真ん中が般若滝 そして右端が方等滝です たぶん紅葉の時期は一層美しいのでしょう

さらに トコトコ  車からよく見る天狗殿です  今回は歩きなので後ろ姿をパチリ ちょっと笑った!!  さらにトコトコ歩くと女人堂が見えてきます

 

そうなんです 女性はここまでしか来れなかったのです 「女人結界」 破ると石になってしまう (^^;)・・・

さらに下って トコトコ 是より二荒山神社境内の石柱  そのすぐ先には古河日光発電所の案内版があります 自社用の発電所? なにやら歴史がありそうな気がします  途中で河原で測量をしている人たちを見かけました

栄橋 たぶん何度も通っていると思うのですが 今回歩いてとても綺麗は橋だと認識 美しいデザインですね そのすぐ先 左手には小滝が見ます

さらにトコトコ  左手には山が崩れており工事の最中 写真からは分かりずらいかも知れませんが相当な大規模工事 高度感があります 工事現場に工事内容の説明があったのでパチリ

さていろは坂の緊急避難所です ブレーキ故障車のための車止め道路左脇にあります あの向こうはどうなっているんだろう? はい! こんな感じでした (^^)

そしてやっと馬返しに到着  ここが「牛馬結界」地点です ここから先 中禅寺道を登るには歩かねばなりません ここにある建物を見ていたら「磁石岩」の説明がありました

今は既に影形もありませんが馬返しから明智平までを結ぶ日光ケーブルカーが走っていました 写真は在りし日の勇姿です (出展: 郷愁の日光) その遺構があると言うので探してみたら確かにありました!!  いや~ これも結構な感激モノです

馬返しの片隅にあった庚申塚 遺構 そしてすぐ近くに咲いていたクリンソウ まさかこんな所に!

さてまた 古道を探して ウロウロ  そして無事発見!!  辿っていくと牛王坂に到着します 火焔光背が付いた不動明王さまがいらっしゃいます これは必見!!

古道をさらに進むと古河電工のヒューム管に出くわします まだまだ先に進みます

と歩いていたら何やら人家に出て来ました  古道はここら辺りで人家 工場などに代わってしまったようです

仕方がないので一般道を歩きます

清滝寺に到着しました。 ここは中禅寺が女人禁制だったために女性巡礼者のための札所として栄えたが、明治の神仏分離令により一時廃寺となってしまったのですが その後 足尾銅山採掘の古河の日光進出に際し、明治42年(1909年)、円通寺と合併して再興されたそうです。 お寺の裏に金剛堂が二基ありましたがこれが古道に関係するのやら?

こちらもご参考まで ↓

第一番|日光山 清滝寺 – 下野三十三観音札所巡りとときどき道草 (jimdofree.com)

続いて清龍(きよたき)神社  弘仁11年(820年)弘法大師が日光に来山し岸壁より一条の滝が落ちているのを見て かって役行者と雲遍上人が中国の大鷲山の清滝というところで出会ったという話しを思い出してその地形に似ていることから清滝と名付けられた由です  小滝ですが何やら落ち着いた感じの風情ある滝でした

こちらは花石神社  ・・・ 少し歩くと 次から次に出てくるので ・・・ 勉強しなくては

八幡神社とそこにある丸石です    
勝道上人が、ここに草庵を結んでいたとき、天から丸石が飛んできて「八幡大自在である。国家守護のために来た。」という夢を見たので「飛石八幡」として祀ったと伝えられます。

 

釈迦堂と殉死の墓  三代将軍家光逝去の折 殉死した五人の墓があります  お寺の正面付近にクリンソウが咲いています お寺の朱色とクリンソウがよくマッチしていました

こちらもご参考まで ↓

とちぎの文化財【釈迦堂殉死の墓及び譜代家臣の墓】 (tochigi-edu.ed.jp)

こちらは青龍神社になります 由来は弘法大師空海の弟子が仏法の守護として京都醍醐の青龍神社を移し祀ったと言われているそうです

トコトコ ・・・ トコトコ とても先に進めないのでスキップして トコトコ   さてやっと本宮に着きました ここがゴール地点です!!   終ったぞ~

紫雲石とその先にある護摩壇を見てきました ちゃんと残っています

さて古道の方ですが私が最後に確認できたのはこちらになります 場所としては荒沢川の少し手前にある荒沢地蔵尊から中禅寺湖に150mほど行った所です ここが最後に古道らしきものを確認できた所になります

昨年(2020年)12月から歩き始めた「出流山満願寺から日光へ」は12回で無事 目的地に到着出来ました      

                                                                    やった~ &  ほっと !(^^)! 

ただ見過ごした所も色々あるのではないかと思っています  折を見てまた歩いてみよう!!