2026.04.20_新湯温泉~高原新田探索_会津西街道から塩原街道へと繋いだ古道(栃木)
10回に渡って会津西街道を歩きました。 ↓
今日は、塩原~新湯温泉郷~高原新田宿(会津西街道)と繫がる古道のうち、新湯温泉郷~高原新田までを歩きます。 古道がはっきりと分る「萩地蔵」まではもみじラインを歩きます。
こちらがquickviewです。

新湯温泉寺の湯。 あとで入ろうと思っていたら現在「休業中」でした。 残念!

新湯の噴火場所、今でも煙がモクモクと立ち上ります。 地球は生きている、と感じる瞬間。

山岡鉄舟も来たらしい。

高原野菜 「天空の畑よりお届け」 ここは標高1100mあたり。 以前ここで大根を買い求めた。

沢沿いに温泉が出ていた。

もみじラインの脇に古い橋があり。 この後幾つか見かけた。 現在の道路を作る前にここには旧道があったのか、と気づく。 知らなかったです。

湯本橋というらしい。

雨量計あり。

ハンターマウンテンスキー場のすぐ近くにある萩地蔵に到着。 もみじラインに面しているのですぐ分ります。

宝暦九年(1759年)の奉納らしい。

アップで一枚。

お隣のこの方はどなただろう。 「役行者」のように見えますが・・・

さて、ここから赤川に下る古道を探します。 しばしうろうろしていたら見つかりました。 ここが下降ポイント。

古道あります。

進みます。

一部崩落している箇所あり。

尾根を九十九折りに下ります。

赤川が視界に入る。

頭部が欠損したお地蔵様。

年号は「政」の文字があったので、おそらく文政年間(1800年代)かと思われます。 文政十年だとすると1827年。

右手に滝あり。

下ります。

コバルトブルーの水色。 そう、「スッカン沢」と同じ色。 高原山の北側に端を発する川はこういう色になるのでしょうか。 と言うことは、魚は生息していない?

対岸を見ると左手上に延びる道形あり。

ここが渡渉ポイント。 大岩が幾つかありここに橋が架けてあったのかと推測。

サンダル出番!

沢沿いにアカヤシオが咲いていました。

下流をパチリ。 休憩地点としては良い場所でした。

一度斜め右に上がり、そこから左手に延びる古道。

古道を進みます。

進みます。

ここは悩んだ地点。 正面に道が延びているように見えます。 ただ、目的の古道は尾根を緩やかに登っていくはずなのでこの道は進まず。

尾根をちょっと登るとすぐに古道出現。 たぶん、先ほどの道と繋がるところが崩落してしまったのだと思います。

進みます。

岩の上に如意輪観音像あり。

横からパチリ。

後ろから。

すぐ先に一里塚と言われる場所。

南無阿弥陀仏供養塔あり。

供養塔と如意輪観音像の位置です。 奥に如意輪観音像が見えます。

進みます。

進みます。

この辺りはあやふやで注意深く古道を探しながら進みます。

伐採根あり。

進みます。

もうすぐ高原野菜の耕作地。

柵あり進めません。 古道も無くなっているようす。

ビニールハウスが建ち並ぶ。

はるか遠くに日光連山。

柵にそってウロウロ。 やっとここから脱出成功。

法華題目塔道標あり。

会津西街道における会津道と塩原道の分岐点。 設置が1660年というのが凄い。

先に進んでこちらは西国供養塔。

ひだりは あいづ、 みぎは? たぶん しおばらなんでしょうか。

庚申供養塔あり。

こちらにも如意輪観音像。

かつてここにあったという温泉寺の灯籠。

会津西街道の高原新田宿から新湯温泉郷を経て塩原へと繋がる古道。 たぶん崩落個所もあってどんな様子か心配していましたが思ったよりしっかりと古道は残っていました。 赤川の渡渉地点には橋が架かっていたのでしょうが、一息入れるにはちょうどよい場所だったのかと。
また来よう!!


