2026.05.23_栃木の道歩き_新鹿沼駅から東武金埼駅へトコトコ
栃木の道歩き、今日は新鹿沼駅から東武金埼駅へ歩きます。
こちらがquickviewです。
新鹿沼駅前の巨大いちご。

鹿沼をシウマイの街に!!

この地を訪ねた松尾芭蕉。
日光に向かう途中、芭蕉は鹿沼を通っていますが、『おくのほそ道』本文には鹿沼について書いていない。 ただ、同行した河合曾良の『曾良旅日記』には鹿沼宿で一泊したことが記されているらしい。 鹿沼に泊まった日は、元禄2年(1689)3月29日、芭蕉は千住を出発して3日目の夕方に鹿沼へ到着し、一泊して、曾良の日記には簡潔に「鹿沼に泊る」とあるようだ。

ここにも大谷石が使われている。

立派な道祖神あり。

道標だと思いますが読めず。

そばの白い花咲く。

刈り取りを待つ麦畑。

馬頭観音碑が並ぶ。

涸泉山観音入り口。 昭和十七年。

圓明寺万葉歌碑とあったので立ち寄る。

カエルかな。

こちらがその歌碑。読めない。

背面に説明あり。 ここから防人としてはるか九州の地に赴いたらしい。 戻って来れたのだろうか。 栃木には防人の万葉歌碑が幾つもある。

落合神社あり。

お堂あり。拝ませてもらう。

半跏菩薩像。

石碑群、中に白雲山 とあり。 白雲山信仰があったようだ。

大芦川を渡る。

川の流れ。

馬頭観音あり。 平成十三年、に驚く。

櫓あり。

石碑群。 青面金剛と書かれた大きな石碑の下を見ると・・・

油田村とあった。 あぶらでんむら、と読むらしい。 石油に関係あるのかと思ったらそうではないらしい。

ここにも白雲山。 白雲山信仰がさかんだったらしい。

立ち寄って、

中を拝見させて頂く。

果物でも冷やしているのだろうか。

粟野町、何の木かな。 → カヤらしい。

沢山の千羽鶴が奉じてあった。

東北自動車道。

思川。

川の流れ。

ここから栃木市。

十九夜講が盛んだったようだ。 女人講中に挟まれて「婦人講中」があった。 後から建てられたのか。
栃木の道を歩いているとよくこの十九夜講の石碑を見かける。 旧暦19日の夜に集まり、月の出を待ちながら祈願したらしい。 信仰の対象になったのは写真にもある如意輪観音さま。 女性だけの女人講というのが特徴。 祈願はもちろんあったのだろうけどお酒、煮物、だんごとかも持ち込んだらしいのできっと息抜きの会でもあったのだろう。 でもどんな話題があったとかは記録を見つけられない。 他にも二十三夜講という石碑を見かけたが、この数字って素数じゃないかとふと気づいた。 江戸時代のこんな田舎の(すみません)女性が素数を知っているとは思えないけど・・・ 偶然。

普段は車で走る過ぎてしまう道にも色々な学びがあるもんだ。 また来よう!!


